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viernes, 30 de abril de 2021

sábado, 17 de abril de 2021

エジプトの聖マリア

 

日本正教会の祈祷書ではエギペトの聖マリヤと呼ばれる。エギペトとはエジプトの事で、ギリシャ語の"Αίγυπτος"(エギプトス:中世以降の読み)が中世にスラヴ語圏に入った際に教会スラヴ語・ロシア語においてЕгипет(エギペト)と転写されたものが片仮名に転写されたものである。ちなみに「エジプト」は英語由来の転写である。正教会では「克肖女」の称号も付され、「エギペトの克肖女聖マリヤ」として記憶される。 

教会の伝承

エジプトの聖マリアについての伝承は、ヨルダン川の川岸にある前駆授洗聖イオアン修道院で語り継がれていた。この伝承を編纂したのは、エルサレム総主教であった聖ソフロニオス(ギリシア語 Σωφρόνιος-634年)である。聖ソフロニオス(日本正教会では聖ソフロニイと転写される)は、ダマスカス出身の7世紀のキリスト教神学者、修道士であり、エルサレム総主教(在位634 - 638年)を務めた。ソフロニオスは正教会でのみ聖人とされている。 

 

イコン

イコンには聖人の生涯が併せて描かれる事も多いが、エジプトの聖マリアのイコンにも右に挙げる画像のようにそのようなタイプが存在する。以下に述べる聖マリアの生涯に関する内容は、右のイコンの周囲に描かれた内容と同様のものである。このイコンの物語は最上段の一番左から始まり、最上段の一番右に読んだ後、2段目の左、2段目の右、3段目の左、3段目の右、4段目の左、4段目の右、最下段の一番左から最下段の右まで読むという順番になっている。  

生涯(聖伝による概略)

エジプトの聖マリアに会い、その生涯を知ったのは修道司祭であったパレスチナの聖ゾシマであったという。以下、教会における聖伝の伝える内容の概略を述べる。聖伝の伝える台詞等の詳細は参考文献を参照。聖伝の理解においては、教会における教えにおいても世俗における宗教学においても、その細かい台詞の数々が示唆する象徴的表現についての理解が必須なのではあるが、スペースの問題上やむなく割愛して概略にとどめた。

以下の内容と文体は歴史的事実としての記述ではなく、あくまで教会の伝える聖伝の概略を示したものである。

ゾシマと修業女との出会い

パレスチナの聖ゾシマは修道士として修道院で修行を積んでいたが、天使の告げに従い、より厳しい斎 (ものいみ)を行う為、また偉大な長老に会う事を求めて、ヨルダン川の傍にある修道院に移った。この修道院では大斎(おおものいみ…復活大祭前の、食品制限を伴う心身の修養期間)が始まると、修道士達が互いに罪を赦し合った後に荒野・砂漠に出かけて行き、復活大祭まで孤独に祈り、修行を行う習慣があった。食物は最低限のものだけを持ち、それが尽きると野原の食べ物(木や根)を食べる者も居たという。

こうした修行をするにあたって、修道士達は互いの修行内容の詳細を尋ね合わないしきたりであった。修行内容を誇って傲慢に陥ったり、他者の緩い修行内容を咎めるという他者の罪を論うという罪に陥ったり、自分の修行内容を他者と比較する事で傲慢もしくは卑屈になったりするという、そうした様々な弊害を生まないためであった。

多くの年がそれから過ぎたある年もまた同様のしきたりに従い、老いたゾシマは荒野に出ていた。ゾシマは荒野の奥深くにまで足を伸ばせば、より偉大な長老に会えるだろうという期待をしていた。荒野に出て20日目に、涸れた小川の傍で第六時課(修道院における昼の奉神礼)の聖詠と祈祷文を詠んでいると、右の方に人影がある事にゾシマは気付いた。悪魔かと思い恐怖に耐えつつ祈祷文を最後まで詠み終えてから人影の方をよく見ると、砂漠の灼熱の太陽によって肌は黒ずみ髪は白くなっては居たが、それは裸の人間であった。 

20日間も生き物を見ていなかったゾシマは喜んでその人間の元に走って近寄ろうとしたが、彼方の裸の人間は逃げ出した。しばらく老いも忘れてゾシマは追いかけたが、この人物にゾシマは追いつけなかった。息の切れたゾシマが「罪深い修道士(である私)からなぜ逃げるのですか。主の為にあなたの祈りと祝福を与えて下さい」と呼び掛けると、彼方の人物は「ゾシマ長老よ」と言い、自らが裸の女である事を告げ、裸であるが為にそのままでは近寄ることが出来ないので、自らの為に祈ってくれるのならば上着を与えて欲しいと答えた。ゾシマは名乗っていないのに自分の名を彼女が知っていた事に驚き、「この修業女は主から洞察力を得ているに違いない」と考え、上着を遠くから投げ、修業女に与えた。

その後、互いに謙遜する言葉を述べ合いながら、祝福を相手から得ようとする問答が長い間続いた。やがて彼女がゾシマが司祭職にある事を述べ、ゾシマが彼女を祝福すべきであると言った。それに対しゾシマは、名乗っていないのに自らの名を知っており、自らが司祭である事まで知っていた彼女こそが自らを祝福すべきであると譲らなかったので、彼女はゾシマを祝福した。

彼女は祈る際に地面から50センチメートルほど浮き上がっていたという奇蹟を、教会の聖伝は伝えている。 

修業女の話

エジプトの聖マリアのイコン

これまでの修行に至る経緯を強く知りたがるゾシマに対し、初めは教えなかった彼女も自らの生涯について非常に謙遜しつつ話した。

エジプトに生まれ、12歳で両親の元を離れた彼女はアレクサンドリアに赴き、以降17年間、淫蕩の生活におぼれたという。それは売春によるものではなく、糸紡ぎという職を持ちつつも、肉欲目当てで無報酬で男達と寝ているというものであり、結果として貧しい生活をしていた。ある時、十字架挙栄祭(正教会の十二大祭の一つで、ハリストスが実際に磔にされた十字架が土中から発見された事を祝う祭)のためにエルサレムに向けて海を渡って行く人々を見た彼女は、誰か男と寝ようと考えて船に同乗した。船の中でも、エルサレムに到着してから十字架挙栄祭の日に至るまでも、淫蕩の日々を過ごしていた。

十字架挙栄祭の日、主の十字架(この時代、イイスス・ハリストス(イエス・キリストのギリシャ語読み)が実際に磔にされたものと伝えられる十字架がエルサレムの至宝となっていた。現在はその一部とされる遺品が各地に遺されている。)を見ようとして彼女は聖堂に入ろうとしたが、見えざる力によって押し返された。その時彼女は自らの淫蕩という罪を自覚し、涙を流して生神女の庇護を願う祈りを捧げ、十字架を見る事が出来るのならばこれ以降、淫蕩を止めるという祈りを捧げた。すると彼女は聖堂に入る事が出来、十字架も目にする事が出来たという。

その直後、ヨルダン川の向こう岸に行けば平安を得られるであろうとの啓示を得た彼女は、ヨルダン川に赴いて顔と手を洗い、丸木舟でヨルダン川の向こう岸に渡った。その後47年間、荒野で修行生活をしていた。着物は擦り切れて失われ、食物は荒れ野の貧しい食べ物に頼っていた。情欲にも焦がされたが、それらとも精神的に闘っていた。

これらの話に彼女が聖書の句を引用しながら話すのを聞き、ゾシマが「母よ、どこでそのような言葉を学ばれたのですか」と尋ねると、彼女は一切それらの言葉を学んだことも聞いた事は無いと答え、ただ全知全能の神は人にあらゆる事を教えられます、と微笑んで答えた。 

 

領聖

修業女はゾシマに対し、来年は大斎になっても修道院から出ずにとどまり、機密制定の晩餐の聖体礼儀で聖変化した聖体尊血(パンと葡萄酒)を領聖のためにヨルダン川の修道院側の岸まで持って来てくれるように頼んだ。機密制定の晩餐の聖体礼儀は大斎の受難週間に行われるものであり、修道院にとどまっていなければ参加出来ないものだったのである。修業女はまた、ゾシマが来年は修道院からその時期に出たくても出られないであろう事も預言した。

翌年の大斎に、果たして修業女の預言通り、ゾシマは病を得、荒野に出ずに修道院にとどまらざるを得なかった。数日経って回復したが、ゾシマは受難週まで修道院に残った。

機密制定の晩餐の記憶の時間が近付くと、ゾシマは聖体尊血を器に入れ、夕刻遅くに修道院を出てヨルダン川の岸辺で待った。修業女はなかなか来なかったが、ゾシマは待ち続けた。やがて修業女が河の向こう側に現れると、ゾシマは喜んで神を讃美したが、舟も無いのにどのようにして修業女が川を渡って来られるだろうかと考えた。すると修業女は十字を画いて祈ると、川面を素早く歩いて渡り始めた。ゾシマが彼女に伏拝(土下座する拝礼の仕方)しようとすると、彼女は川の真ん中から「師父(しふ)よ、何をしようとするのですか。貴方は聖体を持つ司祭ではないですか」と叫んで止めた。

川を渡り終えると修業女はゾシマに「神父よ、福をくだせ」と言い、祝福を求めた。ゾシマは示された奇蹟に戦き(おののき)ながら、震える声で祈祷と祝福を行った。その後、修業女は領聖し涙を流した。修業女は、最初に会った涸れた小川の所に来年に来るようにゾシマに頼んだ。

帰途、修業女の名をこれまで尋ねてこなかった事をゾシマは後悔したが、来年になれば名を知る事も出来るだろうとの望みを抱いた。 

永眠と埋葬、その後

一年経ち、ゾシマは言われた通り涸れた小川の傍まで来て見ると、その東側に東方を向いて腕を胸の上で組んだまま永眠している修業女の姿を見つけた。長い間泣いてから埋葬式の祈りを唱えた後、埋葬すべきかどうか迷っていると、修業女の頭の傍に、「師ゾシマよ、この場所に神の婢(ひ)マリアを埋葬し、肉体を土に帰して下さい。四月の第一日(ユリウス暦)、機密制定の晩餐の聖体に与り(木曜日を示す)、ハリストスの十字架上の苦しみの夜(金曜日の夜を指す)、永眠した私のために主・神に祈って下さい。」と書かれてあるのを見つけた。

ゾシマは、修業女が読み書きを知らなかったため、誰がこれを書いたのであろうと思い驚いた。しかし修業女の名マリアを知る事が出来た事を喜んだ。またこの記述から、ゾシマが20日間かけて歩んだ荒野の道(川岸から涸れた小川の傍まで)をマリアは一瞬にして歩き、この場所で永眠した事が分かった。

ゾシマは涙で地とマリアの体をぬらし、神を讃美しつつマリアをこの地に埋葬しようとしたが、道具も無く地面も堅かった為、作業は難航した。顔を上げ、腰を伸ばした際、マリアの足元に大きなライオンが現れ、彼女の足を舐めているのを見た。ゾシマは恐れたが、マリアの祈祷によってライオンが自らに危害を加える事は無いと信じて十字を画いた。するとライオンが彼に甘え始めたので、ゾシマは勇気を奮ってマリアのために墓を掘るようにライオンに命じた。ライオンが彼の言葉通り地面を掘り起こしたので、ゾシマはマリアをそこに埋葬した。ライオンは荒野の奥へ、ゾシマは修道院へと神を讃美しながら戻った。

帰還したゾシマが修道院長と修道士達にこれらの話を語ると、皆その話に驚き、克肖女マリア(こくしょうじょマリア)の永眠日を記憶する事が決められた。

ゾシマはその後も修道院で神に仕え、100歳近くになって永眠したという。

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lunes, 12 de abril de 2021

Papism vs. Orthodox Christianity



CONTRASTS BETWEEN ROMAN CATHOLICISM AND ORTHODOXY to Assist Orthodox in Better Understanding our Faith

A PERSONAL and NON-OFFICIAL PRESENTATION Some issues may be oversimplified and lack nuances forsake of brevity By:Fr. A. James Bernstein -Last updated 2/23/2021Asterisks * and Red indicates Major Issues of Difference

PURPOSE: This chart is meant to provide a brief overview for Orthodox Christians of what are, in my opinion,contrasts between Roman Catholicism and Orthodox Christianity. It is not meant to be comprehensive. As such,some issues may be oversimplified. 

QUALIFICATION: In presenting the Orthodox Christian positions I have purposely presented the positions assingular. In reality there exists within the history of Orthodoxy differing views, some which have been significantly influenced by Western Roman Catholic scholastic theology, culture and practice. My presentation ignores those influences and focuses on what I consider mainstream teachings and practices most clearly in continuity with the Apostolic/Patristic Church.

Read this pdf:  CONTRASTS BETWEEN ROMAN-CATHOLICISM AND ORTHODOXY

 

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sábado, 10 de abril de 2021

聖ヨアンネス・クリマコス


ヨアンネス・クリマコス(ギリシア語: Ἰωάννης τῆς Κλίμακος、579年 - 649年)は、7世紀に活動したキリスト教の著述家、修道士。

ギリシャ教父のひとりで、正教会では非常に重要視される。ヨハネ・クリマコスとも。クリマコスはギリシア語で「はしご」の意、彼の主著『天国への階梯』にちなむ添え名である。この事から日本正教会では階梯者イオアン(かいていしゃ-)と呼ばれる。ほか、ヨアンネス・シナイテス(シナイのヨアンネス)、梯子のヨハネなどの異称がある。

6世紀末から7世紀に活動した。隠修者として40年間生活した後シナイ山にある聖カタリナ修道院の院長を務め、修道士のための教訓を書き残した。主著『天国への階梯』。 

生涯

ヨアンネス・クリマコスの生涯については多くは知られていない。579年以前に生まれ16歳頃から20歳頃まで、霊的指導者について修行した。師の死後40年間、ヨアンネスはシナイの修道院近郊で隠修者としての生活を送る。隠修者としての生活の後、彼はシナイ山の聖カタリナ修道院の修道院長に選ばれる。そしてこの修道院長であった期間に彼の主著『楽園の梯子』は書かれた。649年に同修道院で没した。

彼の名はパレスチナとアラビアの全域に知られ、その後、東方キリスト教・ヘシュカズム[注釈 1]の発展に多大な影響を与えたことで知られている。 

著作 『天国への階梯』 

「天国への階梯」のイコン。キリストが待つ天国へのはしごを上っていく修道者たちを悪魔が妨害する。正教会では、階梯者イオアンを記憶する際にはこのイコンも用いる。

『天国への階梯』はクリマコスの主著であり、今日も読まれる教訓書である。元来は修道士の指導のために書かれ、修道の基本的な心得、欲望、活動および観想的生活の諸徳、その完成としての愛について述べ、神へといたる階梯である信仰生活のための手引きを意図している。

全30章とした理由について、クリマコスはイエス・キリストの私生涯(洗礼を受けて宣教をはじめるまでのイエスの人生)が30年からなることにちなんだとしている。はしごのイメージは、創世記にある「ヤコブのはしご」から来ている。天と地をつなぐこのはしごは、キリスト教の伝統においてはキリストの予表と解釈されている。

  • (1)-(30)の各章の題名は次のようになっている。
(1)この世の放棄 (2)欲望から超然としていること (3)流謫
(4)従順 (5)悔悛 (6)死の想起 (7)悲しみ嘆くこと
(8)怒り (9)敵意 (10)中傷 (11)饒舌 (12)虚偽 (13)嫌気-アケーディア
(14)大食 (15)渇望 (16)-(17)食欲
(18)-(20)無感覚 (21)恐怖 (22)虚栄心 (23)驕慢そのうえ冒とく
(24)愚直 (25)謙遜 (26)識別
(27)静寂-ヘシュキア (28)祈り (29)不受動心-アパテイア (30)愛
  • 日本語訳 『楽園の梯子』(第27-30講話を所収)手塚奈々子訳、解説 - 『中世思想原典集成3 後期ギリシャ教父・ビザンティン思想』収録、平凡社、1994年8月初版。

著作からの引用

(28)祈りの章は次の文章で始まる。

一、 祈祷は其の性質をいへば人と神との体合なり、一致なり、されども其の働きをいへば世界を立つるなり、神を復和せしむるなり、涙の母にして又其の女(むすめ)なり、罪の為めに憐れみを垂れしむるなり、誘惑を横ぎるの橋なり、憂愁の為めに中壁なり、争いを絶つなり、諸神使の行なり、すべて無形なる者の糧にして将来の喜びなり。終りと限りのあらざる行為にして徳行の泉なり、賜(たまもの)の中保者にして又原因者なり、見えざる上進なり、心霊の糧食なり、智識の照明なり、絶望の為に斧(おの)なり。希望の証明なり、哀しみの梏(てかせ)を釋(と)くなり、修道士の富なり、静黙者の宝なり、怒りの減少なり〔漸々に減じて零に至る〕上進の鏡なり、程度の顕現なり〔誰かいかなる程度にあるをあらはす〕性状の表明なり〔あるいは霊神上の建設〕来世の事の〔あるいは来世の報酬の〕報道者なり頌讃の表示なり。眞に祈祷する者の為に祈祷は鞫問所(きくもんじょ)なり裁判所なり及び未来の宝座に先だつ主の宝座なり。 — フェオファン、祈祷惺々集「我等が聖神父階梯著者イオアンの教訓」より

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domingo, 4 de abril de 2021

Великий пост: Неделя Крестопоклонная, или помощь и ободрение в середине сорокадневного странствия

  

Вот мы и дошагали до середины пути — Крестопоклонное воскресенье разделяет Святую Четыредесятницу на две половины. Именно в этот день отцы Церкви постановили сугубо воспоминать Крест. Но почему? Разве не правильнее было бы поклоняться Кресту на Страстной Седмице, когда смертные страдания Иисуса Христа встают перед нами со всей их неумолимой правдивостью?

«Один раз — во время Страстной Седмицы, когда, читая Евангелия Страстей, мы видим, как возвышается перед нами святое Распятие, Крест, на котором умер Господь с тем, чтобы мы получили новую жизнь.

Второй раз празднуем мы день Воздвижения Креста Господня, когда мы вспоминаем о том, как Крест был найден и как люди, впервые после свыше трех столетий, могли видеть тот Крест, на котором умер Господь, прикоснуться ему, как святыне, облобызать его с трепетом и любовью.

Празднуем мы также и происхождение Честных Древ, когда этот же Крест, вернее, небольшая его частица, обносимая в зараженном смертной заразой Константинополе, вернула город к здравию, к жизни, к надежде, и обновила веру в Крест, в милость и любовь Господню.

И сегодня, в середине Поста, поклоняемся мы Живоносному Господню Кресту».

Но в чём же смысл Крестопоклонного воскресенья? Происхождение остальных трёх праздников понятно — они напрямую связаны с определёнными событиями в истории человечества. Но вот наступает Крестопоклонная неделя, и мы понимаем, что она была установлена святыми отцами «просто так» — без всякого соотнесения, без воспоминания чего либо. Единственная веха — это середина Великого Поста.

Почему же, пройдя половину пути, мы встречаем в третье воскресенье Честной Животворящий Крест Господень? Почему служба сегодня была такая радостная, ещё не пасхальная, но уже светящаяся воскресным светом?


Не о страданиях на Кресте, а о победе и радости

Третья неделя Великого Поста называется Крестопоклонной. За всенощной этого дня, после Великого Славословия, Крест торжественно выносится на середину церкви и остается там всю неделю; после каждой службы совершается особое поклонение Кресту. Надо обратить внимание на то, что о Кресте говорится во всех песнопениях этого воскресенья, но говорится не о страданиях на Кресте, а о победе и радости. Больше того, ирмосы второго воскресного Канона взяты из Пасхальной службы: «Воскресения день» и весь он является как бы парафразой пасхального Канона.

Нам нужна помощь и ободрение

Смысл всего этого ясен. Мы достигли середины Великого Поста. С одной стороны, физический и духовный подвиг, если он серьезен и последователен, начинает сказываться, чувствуется усталость. Нам нужна помощь и ободрение. С другой стороны, претерпев эту усталость, взойдя на половину горы, мы начинаем видеть конец нашего странствования, и сияние Пасхального света становится ярче. Великий Пост — это время нашего самораспинания, опыт, пускай и ограниченный, Христова призыва, который мы слышим в Евангельском чтении этого дня: «... Кто хочет идти за Мною, отвергнись себя и возьми крест свой, и следуй за мной» (Марк. 8:24). Но мы не можем принять свой крест и следовать за Христом, если не примем Его креста, взятого Им для нашего спасения. Спасает нас Его крест, а не наш. Только Его крест сообщает не только смысл, но и силу нашим крестам.

Во время сорокадневного поста мы как бы распинаем себя

Это объяснено нам в Синаксарии Крестопоклонного Воскресенья:

«... В тот же день, в третью неделю Поста мы празднуем поклонение честному и животворящему Кресту, — вот по какой причине: во время сорокадневного поста мы как бы распинаем себя... и испытываем некоторую горечь, печаль и уныние, — нам предлагается Животворящий крест, освежающий и ободряющий нас; напоминая нам страдания Христа, он укрепляет и утешает нас...

Живоносный Крест, подающий прохладу и освежающий нас

Мы подобны тем, которые проходят долгим и трудным путем; утомленные, они видят прекрасное дерево и садятся отдохнуть в тени его листвы; немного отдохнувши, как будто обновленные, они продолжают свой путь; так и теперь, в постное время, среди прискорбного пути подвига, святые Отцы водрузили Живоносный Крест, подающий прохладу и освежающий нас, для того, чтобы мы могли мужественно и легко окончить остающийся путь...

Царь, знамёна и скипетр

Или возьмем другой пример: когда приходит царь, то перед ним сперва появляются его знамена и скипетр, а затем и сам царь идет, радуясь и веселясь о победе, и с ним вместе веселятся и его подчиненные; так же и Господь наш Иисус Христос, который хочет показать свою победу над смертью и явиться во славе дня Воскресения, посылает впереди себя свой скипетр и царское знамя — Животворящий Крест, — наполняющий нас радостью и приготовляющий, насколько это нам возможно, встретить Самого Царя и восхвалить Его победу...

Христос утешает нас, как странствующих по пустыне

Все это на неделе среди святой Четыредесятницы, т. к. святая Четыредесятница подобна горькому источнику проливаемых слез сокрушения, постного подвига и уныния... Но Христос утешает нас, как странствующих по пустыне, до тех пор, когда Он приведет нас к духовному Иерусалиму своим Воскресением... потому что Крест называется и есть Древо Жизни, которое было посажено посреди рая; поэтому и святые Отцы водрузили его среди святого Великого Поста, напоминая одновременно блаженство Адама и то как он его лишился, напоминая также, что вкушая от этого Древа мы больше не умираем, но оживляемся...»

Вступаем во вторую половину Великого Поста

Итак, укрепленные и ободренные, мы вступаем во вторую половину Великого Поста. Еще одна неделя — и в четвертое воскресенье мы слышим: «... Сын Человеческий предан будет в руки человеческие, и убьют Его, и по убиении в третий день воскреснет» (Марк. 9:31). Теперь главное ударение, которое ставилось до сих пор на наше раскаяние и подвиг, переносится на события, произошедшие «нас ради человек и нашего ради спасения».

Постараемся с усердием окончить наш подвиг

Господи, давый нам предварити днешний день, седмицу святую предсияющую светло, Лазареве от мертвых востание страшное, сподоби рабы Твоя страхом Твоим прейти поприще пощения все совершающия.

Господи, Ты дал нам предварить сегодняшний день, светло сияющий перед святой седмицей и Лазаревым страшным из мертвых восстанием, сподоби рабы Твои со страхом Твоим совершить весь остающийся путь поста.

Время пощения ныне преполовивше, начало Божественного жития яве покажем, и в конец добродетельного жительства достигнути тепле потщимся: яко да приимем сладость нестареемую.

Достигши ныне половины поста, покажем на деле начало божественного образа жизни; постараемся с усердием окончить наш подвиг, чтобы получить нескончаемое блаженство.

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The Pagan Origin Of St. Patrick's Day

St. Patrick's Day is celebrated around the world every year on March 17th. This holiday is usually associated with the color green, sha...